君を縛るための約束

>学パロです。

「ずいぶんモテモテなんですね」

 アルヴィンに授業で使う資料の整理を頼まれた。別にいいですと答えたのは僕。断る理由も無いし、寧ろ学校で二人きりになれるのはこちらとしても嬉しいから。どうしてかって言えば、それは簡単なこと。僕とアルヴィンは付き合っているから。
 反社会的? 違背している?そんなの僕だっていくらでも考えた。でも好きだから、好きになってしまったから。そんな思いが隠せなくて、本当に恋というものは厄介だ。それ以上に愛というものは扱い辛い。
 優等生として築き上げてきたものが、その時一瞬にして、誰に知られることも無く、静かに崩れていったのだ。

「ね、先生?」

 資料を両手に抱えてそう言うと、僕はにこりと笑って見せた。デスクに座ってコーヒーを飲んでいたアルヴィンは、驚いたように目を見開いている。普段は名前で呼んでいるのに、先生と呼ばれていることに違和感を感じたか、否僕の機嫌に気付いたか、アルヴィンは困ったように笑い、前髪を掻き上げて言った。

「おやおや、そんなに愛されてる自信、ないの?」
「そういうことを言ってるんじゃないです」

 アルヴィンが女子生徒とどれだけ話をしていても、それは僕には関係の無いこと。いっくらへらへら笑って対応していても、アルヴィンの一番の理解者は僕である事実が脅かされることなんてないから。でもやっぱり僕は、納得できない。だって、アルヴィンは、僕に。

「自分だけそうやって楽しみのって、ずるいですよね」

 アルヴィンと付き合った当初の約束を、僕は今でも鮮明に覚えている。告白したのは僕から。その場でそれとない雰囲気を作り出したのはアルヴィンの方だった。生徒と教師という関係故に、そこまで踏み切るのに勇気は必要だった。だけどアルヴィンも、僕を好きだと言ってくれた。愛していると、言ってくれたのだ。
 嬉しくて、思わず泣きそうになってしまったことを鮮明に覚えている。けれどアルヴィンは、優しく僕を抱き締めると、いつもより低い、甘い声でこう囁いた。

『俺、独占欲強いけどいい?他のヤツと喋ってるの見たら妬いちゃうし、笑ったりなんかしたら以ての外』

 その時の僕はなにを考えていたのだろう。だけどアルヴィンのことが好きだったから、断り切れなかった。束縛されるのが嬉しいなんて感じてしまって、それほどまで僕のことを思っていてくれているんだと思って。だから僕は、それでも構いませんと、そう答えた。
 僕はそれから他人をどこまでも疎遠した。必要以上に関わらなくなった。アルヴィンが居ればそれでいいと、そう思って。
 だけどアルヴィンは僕と違って、今まで同様色んな人と仲良くしていた。それは別に構わない、けれど、やっぱり不公平なんじゃないかっていう不満くらいは許されるだろう。

「ジュードくん、俺、知ってるぜ?」
「………なにがですか」
「幼馴染みのレイアちゃん」

 ギッ、と、アルヴィンの座っている椅子が音を立てた。アルヴィンの口から出た名前に驚いて、思わず資料を落としそうになる。だけど、動揺を悟られたくなくて、ぎゅっと力を入れた。

「どうしてアルヴィンが、レイアのことを?」
「さあーな、職権乱用ってヤツ?」

 にやりと笑うその仕草は、授業中にわざと寝ている生徒を指す時に見せる表情に似ていた。ああもう、この人はどこまで意地が悪いのか。心底呆れて、同時に溜め息が出た。
 幼馴染みのレイアは、同じクラスの女の子だった。明るい性格と頑張り屋であることで有名で、クラス委員なんかもやっていたりする。極端に人を避け始めた僕に対して、最初に声をかけてきた人でもある。
 だけど理由を言えるわけもなくて、でもレイアは、そんな僕を咎めようとはしなかった。無理はしないでと、それだけ言った。他のみんなは、僕の態度が気に入らないのか離れていってしまったけれど、レイアだけは今でもずっと仲のいい友達として接してくれているのだ。
 でもそれをアルヴィンに知られたくなくて、黙っていた。話す必要もないと思っていた。だけどこんな形でばれるなんて、最悪だ。

「ずいぶんと親しいみたいだな」
「そりゃ……幼馴染みですから」
「あーあ、先生妬いちゃうなあ」

 椅子から立ち上がると、アルヴィンは僕を抱き締めてきた。アルヴィンのスキンシップなんて付き合う前から過剰だったし、驚くなんてことはない。だけどやっぱり嬉しくて、わざと資料を落としてアルヴィンに抱き着いた。

「そんなの、僕だって、妬きもしますよ」
「うん。ジュードが妬くのわかってて、わざとやってたからな」

 ぎゅう、と抱き締める力をより一層強くされる。、そして僕はその言葉を聞いて、なるほどなと納得してしまった。同時にやっぱりこの人は、厄介な人だと感じる。愛が歪んでいると言うべきだろうか。

「妬いてるジュードも、俺のことだけを考えてるジュードも、ぜーんぶ俺だけのかわいいジュードだよ」
「アルヴィンは、性格悪すぎだよ」
「そんな性格の悪い男を好きになったのはどこの優等生?」

 くすくすとアルヴィンは笑っていた。そして僕も、思わず笑ってしまった。それから二人で話をした。学校の話とか、授業の話とか。こんな時まで勉強の話なんてするなと怒られたけれど、やっぱりアルヴィンと他愛のない話をするのは楽しかった。
 ひと段落ついた頃、僕は思い切ってアルヴィンに話を切り出した。

「ねえ、レイアのことだけど………」
「ああ……あの子だけは特別に仲良くしてもいいよ」
「本当に!?」
「幼馴染みなんだろ、それくらいは許してやるよ」

 ただあんまりべたべたするなよ。それだけ釘を刺すと、やっぱりレイアのことをあまりよく思っていないのか、アルヴィンは少しだけむくれていた。そんなアルヴィンがかわいくて、思わず笑ってしまった。

「なあ優等生、俺もおたくと同じであんま他のヤツと仲良くしない方がいい?やっぱり妬くようなのはいやだろ?」
「節度を守ってくれるならいいよ。だってアルヴィンは大人だし先生だし、常識くらいは弁えないと」

 そう流すように言えば、つまんない優等生だことと呆れられた。アルヴィンが立ってカーテンを開けると、外はすっかり暗くなっていた。そんな空を見て、帰るかと言われ、はいと答える。荷物をまとめながら、僕は何気なく言う。

「でも僕、アルヴィンに縛られるの、嫌いじゃないから」

 僕がカバンを掴み、先に昇降口に行こうと扉に手を置いた。するとアルヴィンががさがさと机を漁っていた音が止み、代わりに深い深い溜め息のようなものが聞こえ、先生の横顔はとても悲しげだった。それが素なのかねえと小声でアルヴィンが言うのが聞こえて、くすっと小さく頬笑み扉を開けた。

 トントントン、と、階段を下る自分の足音だけが響いていた。そして僕はとても上機嫌だった。久々に見た、アルヴィンの弱っている顔。僕はあれが大好きで、そして最も愛すべきアルヴィンの一面だと思っている。
 ねえアルヴィン、僕は確かにレイアのことを黙ってたよ。だけどね、アルヴィンのことだもん、すぐに僕らの関係に気付くことくらいわかってたよ。
 いつだかアルヴィンは僕のことを、愚かな優等生だなんて言ったね。だけど、本当に愚かなのはどっちだろうって、考えたこと、ある?

 大丈夫だよアルヴィン、君のことを裏切ろうとも捨てようとも思ってなんかない。ただずっと一緒に居たいだけ。愛しているだけ。それはアルヴィンも同じだって知ってる。
 だからから今は、僕だけ依存していてあげる。そしていつかアルヴィンが、僕なしじゃ生きられないって自覚したその時は、ずっとずっと、誰よりも愛してあげる。だからその時まで、アルヴィンはまだ、強いフリをしていていいよ。