奇跡が酷く痛くて

 目の前には生きる気力を失ったジュードが縮こまってベッドに座っていた。そしてこの世界の彼から生きる気力を、全てを奪ったのはこの世界の俺自身。こんな未来にならなかったことに感謝すべきか、こんな世界にしてしまったこの世界の俺自身を怨むべきか。だけど今思う問題点はそんなことなんかじゃないんだと思う。

「………そんなに、殺して欲しいのかよ」

 ジュードは答えない。ただ下を俯き、無言のままだった。
 俺には理解できなかった。全てを奪った男が目の前に居るのに、こうも無力で居られることが。だって俺は、一度は自分の故郷へ帰るために、騙していたとは言え、仲間を殺そうとしたのだ。しかも、本気で。
 殺せば帰れると煽られたこともある。けれど正直に言えば、俺をこんな目に遭わせたリーゼ・マクシア人に対しての恨みがあったとも言えるだろう。だから俺は、自分が今まで背負ってきたものをぶつけるように、ジュードに八つ当たりをしたようなもの。けれど正史世界のジュードは、再び自分の意志で立ち上がることができた。恐らくそこが、この世界との決定的な相違点だろう。
 だからこそ俺はこんなにも、苛立っているのだ。この世界のジュードに殺される義理はない。けれど、殺していい、なんて言われるような義理も無いのだ。寧ろ一発くらい殴られることを覚悟していた。

「レイアのときは、なにも言わずに殺してたじゃない」
「だから自分も同じように、前触れ無しに殺せって?」

 なんて皮肉なことだろう。この世界で初めてジュードの笑顔を見た。が、その笑顔は俺の質問に頷くようなものだった。そしてジュードは言う、僕を殺せば、エレンピオスに帰れるんだよね?と。
 ぐっと拳を握り締め、舌を噛んだ。この世界の俺が、どんな方法でレイアを殺したのかは知らない。どんな思いでレイアを殺したのかも、ジュードを見逃したのかも知らない。ただ、やっぱり俺はジュードのことが、気に入らないらしい。

「またお前は、そう言うんだな……」

 握っていた手を解き、ジュードの横に座り込む。ベッドがギシッと音を立て、ジュードは殺される覚悟ができたのか、ゆっくりと目を閉じる。そして俺は、そんなジュードの首に手を添え、ベッドに押し倒した。

「このまま力を入れたら、どうなる?」
「…………」
「お医者様になりたいなら、答えられるだろ?」

 答えようとしないジュードに痺れを切らせ、手にぐっと力を込める。するとジュードは苦しそうな表情をして、だけど抵抗なんてしようとしなかった。

「………っ、はは、憎んでる男に殺されて、お前はそれでいいのかよ?」

 ここまでくると笑いが起こった。抵抗する素振りを見せないジュードは、全てを受け入れるような、そんな姿勢だった。こんなになってまで人が良くて、こんな俺のことを思って、でもやはり、そんな一面を見ると反吐が出る。人間そんなにきれいなままじゃ、生きていけないんだ。
 俺は本当にこのままジュードを殺すんだろうか。そんな不安が駆けていくけれど、なぜか力を抜くという選択肢は俺の中で存在しなかった。呻き声をあげながら、ジュードは涙目で、訴えるように言った。

「──憎んで、ない」
「…………は?」
「ぼ、く……は、アル、ヴィンのこと…っ、憎んでなんか、ない……!」

 心の内を打ち明けるように言うジュードを見て、俺の中でプツンと何かが切れた。
 全てを奪った俺を憎んでない、と、そんなジュードを見て、俺を許してくれるのかと思えるほど、俺は真っ当な人間ではなかった。ジュードのその答えは、俺が間違ったことをしていないと言わんばかりの答えで。わかってる、間違ったことをしていたなんて、自分が一番。
 ジュードの首からぱっと手を離すと、ジュードはげほげほと咳き込んでいた。そんなジュードを見ても、可哀想だとか、哀れだとか、そういう感情は不思議と湧いてこなかった。
 だからまたジュードのことを押し倒した。ジュードのことだから、きっと抵抗することはないだろう。そんな冷めた確信を持って、下着ごとズボンを引き摺り下ろした。

「…………ッ!」

 状況が理解できていないのか、はたまた何をされるのか一瞬にして理解したのか。その真意はどちらにせよ構わないのだけど、ジュードのそれを手で扱き始めると、ジュードは暴れ始めた。小さな抵抗だったから、その気になればすぐに止められるレベルだ。けれど、そんな些細なことでさえも癪に思えたのだ。
 こんなことをされるまで抵抗しないなんて、どうやらこの優等生は根っからのマゾ気質らしい。そう頭の中で罵った。正直なところ、今のジュードには何を言っても無意味だ、と思うところもあったからだけど。

「ほら、イっていいぜ、優等生」

 ここに住み始めてどれぐらい経つのかは知らない。だけど溜まっていたらしく、俺なんかが触れたくらいでもジュードのそれは窮屈そうに勃っていた。先端を指でぐいぐい押したり、手でゆるゆると刺激を与えたりすると、ジュードは切なげな声をあげる。

「あ、っ、ひ……あああっ!」

 どろりとした白い液体が掌に広がっていた。ジュードは辛そうに呼吸を繰り返しながら、俺の身体に寄り掛かっていた。はは、どうせこの世界も消えるんだ。なら、別に何をしたっていいじゃないか。
 俺の思考も、もはや正常なものから掛け離れていたのだろう。ジュードの精液を指で取ると、そのままの後孔へと突っ込む。

「いっ……!」

 ジュードは声にならない悲鳴を上げていた。だけど俺はそれを気にすることなく、指を一本ずつ増やしていった。この世界のジュードもはやり初めてなようで、内壁がぐいぐいと指を締めつけて来て狭かった。

「………挿れるぞ」
「や、だっ………うあ、あああ……ッ?!」

 有無言わせず内に、悔しいことに勃っていた自分のものをジュードの中に押し込んだ。そしてジュードは悲鳴に近い声をあげ、俺の背中にぎゅっとしがみ付く。予想通りに中が切れたのか、シーツには血が付いていた。
 喘ぎ声、というよりは悲鳴のような呻き声のような、そんなくぐもった声を出すジュードを見て、ぼんやりと思う。俺はいったい何をしているのだろう、と。
 時折衝き上げるような動きをすれば、結合部からぐちゅぐちゅと淫猥な音が聞こえる。そんな音を聞くたび、ジュードは耳を真っ赤にしていた。

「好きだ、ジュード」
「ふ、あ、ああ、え……?」
「好き、好きだから……っ」

 自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからない。
 確かに俺はジュードが好きだ。実際問題正史世界では俺とジュードは付き合っている。最も、こんなに強引に抱いたことなんてない。ちゃんと合意の上で、手出しはしたから。
 だからと言ってこの分史世界のジュードが好きなのか、と聞かれれば、そういうわけではない。けれど確かこのころの俺は、ジュードを殺すことにとても抵抗を感じていたことを思い出す。それが好意から来たものなのか、今となってはわからない。だけど、確かに俺もあの日、あのジュードを見て、こんなことを思っていたような気が。

「…………く、も」

 それまで喘ぎ声しか上げていなかったジュードが、情事に至って初めての言葉を発した。喉が掠れているのか、途切れ途切れでよく聞こえないけれど、ジュードは必死に何かを言っている。泣きながら、俺に。

「ぼく、も……好き……」
「なっ………」

 先ほど見せた、皮肉の笑みとは違った。そのときジュードは優しく微笑み、涙を流しながら俺にそう言ったのだ。
 それがどんな意味の涙かなんて、俺にはわからない。無理矢理こんなことをされたことからの涙なのか、痛みから来たのか、それとも、思いを伝えられたことからのものなのか。
 そう言えば俺がジュードに告白した時、ジュードは迷うことなく僕も好きですと答えていた。じゃあ、もしかすると、この時にはすでに。そう思うと、例え違う世界と言えど、自分の愛する人に向けて自分がしてきた行為の非道さに血の気が去っていった。

「ジュード、俺は──」

 思いの内をすべて打ち明けようと思った。ここが分史世界だと言うことも、将来ジュードがどうなるのかも。それからうんと優しくしてやらなきゃと、そう思った瞬間に、世界がぐらりと揺らいだ。ぼやけていく視界の中で、最後に見えたのは、ジュードの満足そうな笑顔だった。


 そうして目が覚めると、俺はニ・アケリアに一人で立っていた。恐らくルドガーが時歪の因子を破壊したのだろう。そんなことをぼんやりと考えていた。
最後に見えたあのジュードの微笑みと、感触が未だに脳裏に焼き付いていた。そして俺は、後悔していた。今のジュードでなく、あの時のジュードに伝えたいことがあったのだ。
 出来ることなら、あんなことをしないで話をしたかった。あの世界のジュードは、まるでリーゼ・マクシアに連れてこられたばかりの俺のようだった。全てを諦め、流されるままに生かされている。そう思えば、一件見ただけではわからないほどに、きっとジュードは思いつめていたのだろうと思う。

「…………ごめんな」

 あの世界のジュードはもう死んだ。ジュードだけじゃない、あの世界の俺も、ミラも、全員死んだことだろう。冷静に考えれば、どうしてあんなことをしてしまったのかよくわからなかった。ただ心にどんよりとした感情だけが溜まり込み、とても気分が悪い。
 恐らくジュードをシている時に付けられたと思わしき爪を立てられた痕が、ひりひりと確かな痛みを俺に与えていた。